2011/6/18 丹後への旅 -舞鶴、伊根の舟屋-

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丹後半島にある伊根の舟屋を訪れる旅に出かけた。梅雨
の時期、18-19 日丹後半島予報は晴れマーク。京都から
丹後方面へ山陰線で入っていくと至る所「栗」の花が咲
いている。さすが丹波栗の産地だ。昼頃、舞鶴に到着、
土日だけしか見学出来ない海上自衛隊舞鶴地方総監部の
海軍記念館、自衛隊桟橋を見学。東郷平八郎が初代の司
令官だったそうだ。自衛隊桟橋にはイージス艦の「あた
ご」をはじめ、補給艦「ましゅう」などが整然と並んで
、独特の灰色の船体に圧倒された。北朝鮮等が近いので
なかなか大変なところであろう。入隊1ヶ月と言う隊員
が質問に元気に答えてくれた。また、「ましゅう」には
女性自衛官が乗っており何ヶ月も出動したことがあると
のこと頼もしいなあと思った。レンガ博物館ではレンガ
は約1万年前から使われはじめたとのこと。その時代は
日本では縄文の草創期だ。引揚桟橋、記念館を見学、原
爆記念館とは違う戦争の辛さ、悲しさがそこにはあった
。いろいろ思うと平和が一番!第二次世界大戦終結にと
もない、舞鶴では13年間に66万4531人の引揚者
と1万6269柱の遺骨を受け入れたと資料にあった。
翌日宮津からバスで伊根へ、途中バスの中から天の橋立
が見えたがあまり感動はない。最近観光地と言われると
ころに興味がわかない。伊根で早々に遊覧船に乗ったが
同乗した観光客に幻滅!この人達なにしにここへ来てる
んだろう?風景、景観を味わってるのでもなく、かもめ
と遊んでるだけ・・・。何故ここにこんな集落が出来た
んだろうとか気にならないのか!下船後道をのんびり歩
き、散策。江戸時代の舟屋でいろいろお婆さんと話した
が元気のいい人だった。話がなかなか止らない。自宅の
中まで案内してくれた。昔瀬戸内海で一人で民宿してた
お婆さんを思い出した。食事を取ろうと見つけた店に入
るとメユーなし。「地魚定食だけです、注文受けてから
作るので時間かかりますよ」と言われた。こんなところ
がいい。思った通り美味しい食事だった。あじの煮物、
地魚の刺身、いかの煮物、かわはぎのお吸い物、つけも
の、じゃこの酢の物。あじの煮物ははじめてだ。いかの
刺身は美味しいかった。そう言えば先ほどのお婆さん「
あきいか」?しか食べないと言っていたが、あおりいか
のことかな?食事後道の駅がある所まで上ってみた。そ
こからは伊根の舟屋が良く見えた。やはりなんでこんな
ところに集落が・・・?ここに泊まる予定だったが時間
も早いし宮津まで戻ることにした。宮津は細川ガラシヤ
ゆかりの地でなんとも静かなところだった。近くには酒
呑童子の大江山がある。梅雨の合間の丹後旅行は無事終
了したが、欲を言えば日本海に沈む夕日が見れる場所へ
も行けれればと。まあまた来ればいいか!


10:50 笹の緑と栗が多い
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11:17
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講堂
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自衛隊桟橋
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イージス艦「あたご」
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「あたご」に「あけぼの」
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護衛艦「はまゆき」、「まつゆき」
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補給艦「ましゅう」
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ミサイル艇 早い44ノットだそうだ
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りっぱなレンガの倉庫
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引揚桟橋
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昔の写真
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引揚記念館展望台から 舞鶴湾
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宮津市内  宮津城を偲ばせる塀の堤防?
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伊根舟屋
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江戸時代の舟屋 しいの木で出来ており腐らないと言っていた
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上は作業場 網などが置いてあった
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今回の津波に関してお婆さんが昔は地域人が
総出で高台への道の草刈をしていたが最近の
若い人はやらないのですぐに避難道が分から
なくなってしまった。これじゃあまずいのでやら
ねばと言っていたのが印象に残った。昔の人の
いろんな遺産が消えていっている。


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