2014/11/21 鬼城山・鬼ノ城へ -古代山城からのいい展望-

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備中松山城の後、同じ伯備線の総社にある鬼ノ城へ寄
った。鬼城山に遺る神籠石式山城で城跡は国の史跡に
指定されている。 663年の白村江の戦いに倭国が敗れ
た後、唐・新羅の侵攻に備え築城したと考えられてい
る。しかし、『日本書紀』などには西日本の要所に大
野城など12の古代山城を築いたとされているが、どの
歴史書の類にも記録がなく謎の山城であるそうな。総
社からタクシーで鬼城山ビジターセンターへ。センタ
ーの方からここの目玉は屏風折れ石垣で、一周すると
1時間半かかるとのことであった。ゆっくり登って行
くと目の前に復元された角楼と西門遺跡が見え、オー
っと声が出た。瀬戸内海からかなり山側に入ってるな
あーと思っていたが、瀬戸内海も見える。唐・新羅の
侵攻に備え築城・・・これなら分かる気がする。角楼
から眺めると周辺の山々は紅葉の盛り。ゆっくり眺め
ていたいが時間が気になり、まずはピークの鬼城山へ
。展望図があり遠くは四国の屋島、讃岐富士が見える
ようだ。山陽側は吉備津神社、造山古墳、備中国分寺
、作山古墳・・・2000年に岡山から総社の間を歩きな
がら巡った場所が一望できる。備中高松城跡も見える
ようだ。ここからまずは北門跡へ、掘立柱城門で門柱
が復元されていた。結構立派だ。少し登って、そこか
らは下り加減に進む、土塁跡があり、大岩がかたまっ
ている所へくると温羅舊跡の碑があった。また暫く下
り加減で進んで行くと前方に大きく開け展望の良い場
所に着いた。屏風折れ石垣の場所で山から突き出した
ような場所だ。鬼ノ城の説明板があり千数百年前、温
羅(うら)と呼ばれる一族が挑戦より渡来し居住した
といわれ付近の城塁は当時のなごりと言われていると
記述されていた。東門、南門、西門と周り一周したが
水門跡がいくつもあり水も流れていた。水の心配がな
いいい場所に城を作ったもんだと感心した。鬼城山は
花崗岩の山のようで花崗岩が風化した白い砂が目だっ
た。遺跡巡りをしている頃気になって来たいと思って
た場所、やっと念願叶った。もう少しじっくり遺構見
ながら歩けたらもっと良かったかとも思うが満足。

鬼城山(鬼ノ城)<397m>
晴 4.1Km +233m -232m 
メンバ:shuuさん

鬼城山ビジターセンター13:26→13:34角楼→13:40鬼城山
→13:47北門→13:56温羅舊跡の碑→13:59屏風折れ石垣14:05
→14:12東門→14:23南門→14:37西門→14:43学習広場
→14:51鬼城山ビジターセンタ

13:16 鬼城山ビジターセンター前看板
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13:27 鬼城山へ
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13:30 鬼ノ城が見えた
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13:31 角楼
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13:32 西門復元
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13:34 角楼から北の紅葉
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13:38 鬼城山の展望図
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13:39 展望
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13:47 北門跡
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13:48 北門からの登り
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13:52 小ピークからの下り
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13:53 土塁跡
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13:54 屏風折れ石垣へ
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13:56 温羅舊跡の碑
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13:59 屏風折れ石垣の場所
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14:03 屏風折れ石垣場所にて
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14:05 屏風折れ石垣
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14:07 東門手前から屏風折れ石垣
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14:12 東門
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14:17 高石垣から屏風折れ石と東門
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14:21 敷石
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14:23 南門跡
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14:34 西門への敷石
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14:37 西門復元説明板
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14:38 西門復元
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15:45 総社駅から鬼ノ城
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今回コース
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